マネジメントには色々な側面があると思うが、
その中でも「人の成長をどう設計するか」という視点は、かなり重要だと感じている。
「人の成長をコントロールするなんて烏滸がましい」などの意見も承知ではあるが、マネージャーとしてその責務は負うものと考える。
アドラー心理学でいう「課題の分離」という考え方は、そのベースとしてよくできていると思う。
簡単に言えば、「それは誰の課題なのか」を分けて考えるという話で、相手の課題に過剰に介入しないことが重要だとされている。
理屈としてはすごく納得できるし、自分の中でも基本的な考え方になっている。
ただ、実際の現場では、この考え方をそのまま当てはめるだけではうまくいかない場面も多い。
例えば、任せた仕事の進捗が明らかに遅れていたり、方向がズレていたりする場合に、「それは本人の課題だから」として距離を取り続けると、結果的に組織全体に影響が出ることもある。
自分自身も、「任せる=口出ししないこと」だと捉えていた時期があった。
細かく言いすぎるのは良くないと思って、あえて距離を取っていたつもりだったが、単純に放任になっていたかもしれない。
結果として、判断が遅れたり、修正コストが増えたり、本人もどうしていいか分からない状態になることがある。
この経験から考え方が少し変わった。
課題の分離というのは、「自分が関わらないこと」ではなく、「どこまで関わるかを選ぶこと」なんだと思うようになった。
そしてもう一つ重要なのが、「どのレベルの課題を与えるか」という視点だと思う。
任せるというのは、単に任せきることではなく、その人にどのレベルまで成長してほしいのかを前提に、課題の難易度を設定することでもある。
これは子どもの教育に近い感覚がある。
いわゆる早熟なタイプの子は、自分で学力を伸ばしていける確率が高い。
中学受験で上位校に入るような子たちは、その後も自走できる可能性が高く、その意味で早熟な才能は確かに貴重だと思う。
一方で、全員がそういう成長曲線を描くわけではない。
そうでない場合、「何もしなければどの水準で止まるのか」と、「どこまでなら介入によって引き上げられるのか」を考える必要がある。
例えば、何も介入しなければ偏差値40くらいのラインにいるとしたら、現実的な目標は50前後になるかもしれない。
もちろん、教育論としては様々な考え方があるし、勉強以外の可能性もある。
ただ、ベースとしての義務教育の内容が、思考力や判断力の土台になっているのも事実だと思う。
自分で考えてプレーできるスポーツ選手が強いのと同じで、「考えるための基礎」があるかどうかは大きい。
この視点は採用にも繋がる。
特に中小企業の場合、入社後の教育はほとんどがOJTになる。
もちろん、その中で人として成長する部分はあるが、10代の頃のような大きな伸びを期待するのは現実的ではない。
そう考えると、採用の段階である程度の基礎的な学力や理解力を持っている人を選ぶというのは、単なる選別というよりも、組織としての前提条件を揃えるという意味合いが強い。
ここを曖昧にしたまま「入社後に何とかする」という設計にしてしまうと、本人にも組織にも負荷がかかる。
だからこそ、どこまでを採用で担保して、どこからを育成で伸ばすのか、その線引きを明確にしておく必要がある。
マネジメントというのは一言で定義できるものではないが、少なくとも現場レベルでは、
- 誰の課題か
- どこまで関わるか
- どの難易度の課題を与えるか
- どこまでを採用で担保するか
こういった要素を組み合わせて、「人の成長を設計していくこと」だと思っている。
